1.「うつ」を眺める
今や「うつ」という言葉は世の中に広く知られ、もはや専門用語とは言えない、一般的な言葉になっているように思います。
まず現在の精神医学の専門的な診断基準であるDSM-5-TRやICD-10では、ほとんど毎日のように一日中続く抑うつ気分や、興味や喜びの著しい減退を中心に、気分の問題が長く続く状態をうつ病エピソード、繰り返される病態をうつ病性障害などと呼んでいます。これらの診断基準は基本的に、同じような「症状」のある状態を分類しているだけで、私たちが思い浮かべるいわゆる「疾患」「病気」というようなまとまりの概念ではないことに注意が必要です。ですから診断基準で見た「うつ」は、「うつの症状を呈している」という表現の方が合っているかもしれません。
つまり「うつ」の症状の背景にある本質は人によって千差万別なのです。職場のストレスや過労が長く続いてうつ状態におちいった方、家庭やプライベートの人間関係に悩んでいる方、大きな挫折や喪失を経験して回復できなくなってしまっている方、小さい頃からの継続的で複雑なトラウマを抱え人生に希望を失ってしまっている方、そもそも発達障害などの生まれ持った生きづらさを抱えている方など様々な背景があり、それぞれが違った悩みを抱えています。そして症状もまた様々です。悲しくて涙が出てきてしまう方もいれば、まるで感情を失ったかのように何も感じない、何もする気にならない状態が続く人もいますし、イライラしたりパニックになったり、感情がコントロールできずに周りの人に当たってしまうという人もいます。不眠は「うつ」の方に多い症状の一つですが、寝つきが悪い、途中で起きてしまう、朝までずっと夢ばかり見ていて疲れて寝た気がしないなど、これもそれぞれ違った様相を呈します。また、症状を改善させることが期待される抗うつ薬やその他の薬剤にしても、効果の程度や効果時間、副作用など、人によって反応には結構大きな差があります。
2.「うつ」を治療する
上記のようにさまざまな背景から「うつ」、つまり気分の落ち込みを呈している患者さんに対して、ただ症状を一時的に和らげる睡眠薬や、抗不安薬などによって表面上の症状を抑え込んだだけでは、問題は十分には解決しません。しかし、人は追い詰められた状況で気分がひどく落ち込んでいると、良い考えも浮かばず楽観的に物事を考えられなくなります。自責思考と言って自分を責める考えばかりが浮かんで、冷静で客観的なものの見方ができなくなってくるのです。こういったことに対して、抗うつ薬をはじめとした薬物療法を用い気分の安静を取り戻すことは、今後の方針について有効な手立てを考えていくためにもとても重要な第一歩になることがあります。
一方、「うつ」が生じた原因そのものは変わらず続いているわけですから、薬の助けはなかなか外せないかもしれません。これは薬を始めるとその先ずっとやめられなくなるというような話ではなく、さまざまな悩みの背景を考え、そうなった状況自体を改善する診察・相談が重要だということです。大切なことは、適切な理解とアセスメント(見立て)、治療法の選択と、その後のきめ細かなフォローアップ、そして何より、個々のこころに寄り添った情緒的なサポートです。
3.私たちの診療姿勢
以上に述べてきたように、単純に「うつ」という状態ひとつをとっても、その診断、治療法の選択、環境調整、必要なサービスの選択などに多くの経験と知識を要します。精神科、心療内科医療という目に見えにくいものの質を評価するのは容易ではなく、いろいろな切り口があります。もちろん国家資格である精神保健指定医や、日本精神神経学会などの学会が認定する専門医の資格は大きな目安になるでしょう。それだけの訓練と認定を受けてきているという証になるからです。
当院にはそのほかにも、「精神分析」に関連した訓練を長く受けてきた医師が多数所属しています。日本精神分析学会の認定医、スーパーバイザー、日本精神分析協会の分析家、海外での精神分析的トレーニングの経験者など、専門的な訓練と経験を長年受けてきた、そして現在も臨床的な鍛錬に熱心に取り組む医師たちです。
「精神分析」とは、その人の人となり、性格、感情、感じ方や人との関わり方に深く影響を及ぼす、「無意識」を深く追求し、自分自身の理解を深めようとする考え方です。セラピストと一緒に話をすることを通じて行う精神療法(サイコセラピー)だけでなく、通常の精神科・心療内科診察や治療にもとても役に立つ考え方だと思っています。
また、当院のもう一つの特徴は「心療内科」出身の医師が多く所属していることです。「心療内科」は昨今、精神科の別名のように捉えられたりすることがありますが、日本における心療内科は内科の中から発展してきた学問で、内科の中で研修や活動をしている科でもあります。そのため、「心身相関」という心と体の密接な関わりに詳しく、身体症状に影響を及ぼすこころの問題を深く研究してきました。
ほかにも当院には産業医や複数の女性医師など多様な医師たちが居り、同じ目的のもと、協力して治療にあたっています。当院で精神分析的精神療法を行う際には、精神科医、心療内科医の主治医と心理士や自らセラピーを行う医師が分担連携して治療にあたることもあります。
4.最後に
ここでお伝えした「うつ」に限らず、さまざまな背景をもった人それぞれの悩みに対して、私たちはこころを見つめて寄り添いながら理解を深め、専門的な治療を提供するために、日々研鑽を続けています。
